桃─スカラップ大輪花

彼のまわりには、いつも花が舞っている。
ほんものの花じゃない。風に散る桜でも、飾りでもない。私にしか見えない、ふわふわと漂う光のような花びら。薄いピンク色で、たまに金の粒をまぜているみたいにきらめく。

最初に気づいたのは、入学してすぐだった。教室のドアを開けた彼が笑って、「ここ、空いてる?」と声をかけた瞬間、彼の肩のまわりに花がふわっと広がった。
きれい、と思うより先に、なんだこれ、と目を疑った。けれど他の誰も気づいていないようで、私はそっと口を閉じた。

彼は明るくて、誰にでも気さくで、ちょっとおっちょこちょいなところもある。けれど時々、静かに空を見上げる癖がある。そんな横顔のまわりで、花びらがゆっくりと回っているのを見ると、胸の奥がくすぐったくなった。

ある日、彼が落としたボタンを拾った。
手のひらにのせると、それは淡いピンク色に光っていて、まるで花の形をしていた。縁には小さな粒が並び、まるで花びらを抱きしめているようだった。
「それ、昔のジャケットについてたやつ。ありがとう」
笑顔で受け取る彼の指先に、花びらがまた一枚、ひらりと舞った。

意味なんて分からない。けれど、彼の近くにいると、世界が少しだけやわらかくなる。
風が吹けば花が揺れて、心の奥が温まる。
もしかしたら——これは恋ってやつなのかもしれない。
まだその言葉を口に出す勇気はないけれど、花たちはもう、とっくに知っているみたいだった。

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