紫─紫金円金ワッフル銀ラメ

夜空を見上げるたび、あの頃の手のひらを思い出す。
小学校の理科室。使い古されたプラネタリウムの機械が、天井いっぱいに星を散らしていた。
僕は椅子の背に立ち、両手を伸ばした。光の粒を掬える気がしたのだ。

「そんなことしたら星が逃げちゃうよ」
隣の席の真奈が笑った。
けれど僕は、その言葉を聞き流して、両手を閉じた。
掌の中に、小さな青い光がひとつ入った気がした。
それが、僕の最初の“夢”だった。
いつか、本物の宇宙を見つけるんだ。
その夜、父がボタンのように丸い古い望遠鏡を修理してくれた。
僕は胸を張って言った。「ぼく、星を探す仕事をする」
父は「いいじゃないか」と笑った。

それから二十年。
僕は街の明かりの下で、電車の最終を待っている。
仕事帰りのスーツの袖口に、藍色のボタンがひとつ光っている。
子どもの頃に拾った星みたいに、小さいけれど確かだ。

現実は、空想より地上の方が騒がしい。
会議、資料、数字、責任。
星を数える時間なんてもうない。
だけど時々、ふと夜のガラス越しに、自分の顔を見て思う。
「ちゃんと届いているだろうか」
あのとき掬った光が、どこかの誰かに。

僕は空を見上げる。
群青の闇に滲む一等星が、じっとこちらを見ていた。
まるで、昔の僕がまだそこにいるみたいだ。
あの頃より少し鈍くなった掌を、そっと開いてみる。
中には何もないけれど、かすかに温かい。
夢の残り火みたいな、ちいさな光が、まだそこにある気がした。

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