「よ、よろしくお願いします!!」
会議室の空気が一瞬だけ跳ねた。
大きく響いたその声に、みんなの顔が一斉にほころぶ。
新入社員の彼女は、明るい茶髪をひとつに結び、少し大きめのスーツに袖を通していた。
緊張で肩に力が入っているのが遠くからでも分かる。
だけど、その目だけは真っ直ぐだった。
初めての電話応対で名前を噛み、書類の提出期限を間違え、上司に注意されて涙ぐんだ日もあった。
それでも翌朝には、「昨日はすみません! 今日こそは!」と笑ってデスクに座っていた。
その姿を見て、ベテランの課長がぼそりとつぶやいた。
「なんか、春っぽいな」
昼休み、彼女が落としたボタンを拾った。
温かみのある茶色に、金の粒が輪になって光っている。
不思議と、彼女に似ていると思った。派手じゃないけれど、見るたびに気持ちが明るくなる。
「ありがとうございます!」
手渡すと、彼女は両手で受け取って、まるで宝物のように胸に当てた。
その仕草に、みんな少し笑った。
仕事はまだ覚束ない。でも、彼女の「一生懸命」は社内の空気をやわらかくしてくれる。
残業帰りのエレベーターで、彼女がぽつりと呟いた。
「私、もっと上手くできるようになりたいです」
「うん。焦らなくていい。最初から上手い人なんていないから」
そう言うと、彼女は安心したように笑った。
明日もまた、彼女の「おはようございます!」が響くだろう。
それだけで、この職場が少しあたたかくなる気がした。


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