冬の朝は、空気が硬い。
指先でマグを持つと、少しだけ震える。
会社の給湯室の窓から、灰色の街が見えた。
「おはよう、寒いね」
低い声がして振り向くと、彼女が立っていた。
肌は深い褐色で、目が琥珀のように光る。
どこか金属のような艶があるその瞳に、一瞬、息を呑んだ。
彼女は自分の国のコーヒーだと言って、
小さなポットからゆっくりと黒い液体を注いだ。
カップの縁に、金色の蒸気が立ち上る。
香りは濃く、少し甘い。
「疲れたときは、これが一番」
彼女の笑顔は穏やかだった。
その金の腕輪が、ライトを反射して輝いた。
複雑な模様が、アラビアの文字のようにも見えた。
コーヒーを口に含む。
苦味の奥に、シナモンのような香りがする。
体の芯がゆるんでいく。
不思議と、何も言葉がいらなかった。
「あなたの国では、雪が降るんでしょう?」
彼女が尋ねた。
僕は頷き、「たくさん」と答えた。
すると彼女は小さく笑って、
「こっちは降らない。だから白い息を見ると、少し羨ましい」と言った。
その言葉が、胸に残った。
見知らぬ国の人と、同じ湯気を見ている。
それだけで、冬の朝がやわらかくなる。
帰り際、彼女の指がちらりと見えた。
黒い肌に、金のボタンのようなリング。
きっとあの国でも、寒い日に誰かへ温かいものを渡しているんだろう。
湯気の向こうで、心の距離が静かに溶けていった。


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