風の抜ける音だけが、古城の回廊を渡っていた。
壁に掛けられた旗は色を失い、誰もその紋章の意味を知らない。
けれど、彼だけはまだそこに立っていた。
金の甲冑をまとい、朽ちた剣を握ったまま。
「陛下は、まだ戻られないのですか」
問いかけても返るのは埃の匂いだけ。
彼の忠誠は、もはや祈りにも似ていた。
王が倒れ、国が地図から消えた後も、
彼は“最後の命”を受けた日を境に、時を止めてしまったのだ。
あの頃、王は若かった。
そして美しかった。
戦場で泥を浴びながら、
彼は王の馬の影を追いかけていた。
「おまえの剣は国を守るためにある」
その一言だけが、彼の全てだった。
今、甲冑の金は錆び、鎧の隙間から風が鳴る。
それでも彼は剣を下ろさない。
「この国の名が呼ばれる日まで、私は立っていよう」
彼の声はもう誰にも届かない。
外では、新しい時代の人々が笑い、
誰も古い国の名前を知らない。
けれど、その笑い声の奥に、
微かに金属が触れ合うような音がある。
それは、金の甲冑が陽に反射する音。
忘れられた王の紋章が、
ひととき、記憶の中で光を放つ瞬間。
彼の誇りは、時に歪で、愚かだったかもしれない。
だが、忠誠とはそういうものだ。
誰にも報われずとも、胸の奥で燃え続ける。
そして今も、金の騎士は立っている。
過去の栄光という名の夜を抱きながら。
その足元で、ひとつのボタンが光を返す。
――それは、失われた王国の最後の太陽だった。


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