彼女の横顔を、青い光が撫でていた。
あの街の夜は、いつもネオンの匂いがする。コーヒーに混ざる香水の残り香、雨上がりのアスファルト。
彼女はその中で、ひときわ静かだった。
「光って、音がないのに、うるさいよね」
初めて彼女が言った言葉を、今も覚えている。
意味はわからなかったけど、声の低さが妙に心地よくて、返す言葉を失った。
彼女の指には、古いボタンのようなリングが嵌められていた。
群青の縁に、銀の細工。照明を受けて、溶けるように輝いた。
見てはいけないと思いながら、その指の動きばかり追っていた。
彼女は気まぐれだった。
次に会える約束をしない。連絡もよこさない。
でも、たまに夜更けのメッセージひとつで、心を全部持っていかれる。
彼女の声は、耳ではなく、胸の奥に直接届く。
ある夜、酔った勢いで彼女の手を取った。
冷たい。なのに、触れた瞬間に火傷するような熱を感じた。
彼女は微笑んで、何も言わずに手を離した。
その金の指輪が、暗闇の中でひときわ光った。
――たぶん、彼女は誰のものにもならない。
風のようで、煙のようで、触れた瞬間に形を失う。
それでも、僕はあの群青の瞳を思い出すたび、
夜を少しだけ信じたくなる。


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